231.01
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【分野】スピントロニクス
【タイトル】磁性細線の内因性しきい値電流密度を低減する細線設計指針の開拓に成功
【出典】
- Takanori Shirokura, ”Effective demagnetizing tensor incorporating finite width effect for magnetic nanowire design in racetrack devices” J. Appl. Phys. 137, 013903 (2025).
https://doi.org/10.1063/5.0240951
【概要】
沼津工業高等専門学校 白倉孝典 助教は、内因性ピニング効果により生じる磁壁移動のしきい値電流密度を低減する細線設計指針の開拓に成功した。本研究の成果を活用することで、磁性細線を利用したレーストラックデバイスの低消費電力化や、研究開発の加速が期待される。
【本文】
垂直磁化を持つ磁性細線中の磁壁位置を制御することで、情報記録や演算を行うレーストラックデバイスは、IoT社会を支える次世代デバイスとして注目されている。磁壁の位置は、磁性細線への電流印加で生じるスピン移行トルクによって制御される。一方、磁壁を動かすためには、磁壁位置を固定しようとするピニングポテンシャルを乗り越える必要がある。ピニングポテンシャルを乗り越えるために必要な電流密度はしきい値電流密度と呼ばれる。したがって、レーストラックデバイスの省電力化には、しきい値電流密度の低減、すなわちピニングポテンシャルの低減が不可欠である。
磁壁のピニング機構として、試料中の欠陥に起因する外因性ピニングと、磁性細線の面内磁気異方性に由来する内因性ピニングの2種類が知られている。特に内因性ピニングは、面内磁気異方性を制御することで理想的にはゼロにできる。実際、磁性細線の幅を変えることで面内磁気異方性を制御し、内因性ピニングによるしきい値電流密度を低減できることがシミュレーションと実験の双方で確認されている。磁性細線の幅で面内磁気異方性を制御するためには、磁性細線の幅と磁性細線の有効反磁場テンソルの関係を知る必要がある。しかし、現在までに導出されている磁性細線の有効反磁場テンソルは無限大の細線幅を仮定したものであり、有限の細線幅が有効反磁場テンソルに与える影響は未知であった。
本研究では、細線幅により内因性ピニングを除去し、しきい値電流密度を低減する設計指針を示すため、磁性細線の幅の効果を取り込んだ有効反磁場テンソルの開発を行った。一次元磁壁モデルを用いて、有効反磁場テンソルの解析解を導出した。得られた有効反磁場テンソルを用いて、内因性ピニングを除去できる特別な細線幅w*を求めた結果、w*は磁性細線の磁壁幅に比例し、他の比例係数は磁性材料や細線形状の詳細に依らないことが明らかとなった。また、求めた有効反磁場テンソルから計算したしきい値電流密度や磁壁移動速度、w*などのパラメータをマイクロマグネティクスシミュレーションにより検証し、導出した解析解の妥当性を示すことに成功した。本研究により、低消費電力なレーストラックデバイス開発の加速が期待される。
(沼津工専 大澤友克)
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図1. (a) 磁壁移動に必要なしきい値電流密度の磁性細線幅依存性。赤の破線が従来の有効反磁場テンソル、赤の実線が今回導出した有効反磁場テンソルを用いて計算した理論値である。また、青色のプロットはマイクロマグネティクスシミュレーションにより得られた数値実験結果である。(b) 磁壁の平均移動速度と印加電流密度の関係。実線が理論値、プロットがシミュレーション結果である。また、実践およびプロットの色は磁性細線の幅に対応しており、青が50 nm、赤が100 nm、緑が200 nmである。(c) 内因性ピニングが0となる特別な細線幅w*と磁壁幅λの関係。ここで、λは交換スティフネス係数A、有効一軸異方性エネルギー\(K_u^{eff}\)により\(λ=√(A/K_u^{eff} )\)で与えられるパラメータである。また、赤の実線が理論値、青色のプロットがシミュレーション結果に対応する。